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札幌地方裁判所 平成10年(ワ)475号 判決

原告・反訴被告(以下「原告」という)

岩坂秀也

右訴訟代理人弁護士

市川守弘

被告・反訴原告(以下「被告」という)

株式会社日栄

右代表者代表取締役

松田一男

右訴訟代理人弁護士

福井啓介

田中茂

中隆志

主文

一  被告は、原告に対し、五〇万円及びこれに対する平成九年六月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  被告の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は、本訴・反訴を通じてこれを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、第一項について、仮に執行することができる。

事実

一  原告の本訴請求

被告は、原告に対し、二〇〇万円及びこれに対する平成九年六月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告の反訴請求

原告は、被告に対し、四〇〇万円を支払え。

三  原告の本訴請求原因

1  原告と被告との関係

(一)  被告は、平成元年一〇月から、有限会社佐々木産洋(旧商号・有限会社佐々木漁工、以下「訴外会社」という)との間で、手形貸付取引を続けた。

(二)  原告は、平成六年八月二四日ころ、被告に対し、訴外会社の被告に対する債務を連帯保証する旨約した。

(三)  訴外会社は、平成八年八月三〇日、破産宣告を受けた。

(四)  被告は、平成八年九月一九日、原告の給料債権を仮に差し押さえた(以下「本件仮差押え」という)。

(五)  しかし、訴外会社は、別紙(一)の計算書のとおり、弁済した。利息制限法違反の弁済を元本に充当すると、平成八年六月七日現在、二六四万八三一五円の過払が生じている。

2  被告の不法行為

(一)  原告は、訴外会社の被告に対する債務以外にも訴外会社の債務を二件債務合計約四五〇万円ほど保証していた。訴外会社の倒産による保証債務の整理を原告代理人市川弁護士に委任した。

(二)  市川弁護士は、被告に対し、平成八年七月二五日付け書面で、受任を通知するとともに、債権調査のための資料提出を依頼した。

(三)  ところが、被告は、訴外会社の過払による原告の保証債務の消滅を知りながら、資料提出に応じず、債権届出をするどころか、本件仮差押えをした。

本件仮差押えは、債務処理の権限を弁護士に委任した旨の通知又は調停その他裁判をとったことの通知を受けた後に正当な理由なくして支払を請求してはならない、との大蔵省銀行局長の通達等に違反した違法行為(以下「本件不法行為」という)である。

(四)  右通達にいう正当な理由とは、委任を受けた弁護士が病気中とか、海外出張中とかで連絡できない場合をいうのであり、法的な債権回収手続であるからといって、正当な理由がない場合には、行使は認められない。

本件貸金については、すでに過払になっていることからしても、正当な理由はない。

また、原告代理人は、平成八年七月二五日付け書面により、借入れ明細の提出を求め、その後も、被告から電話があるたびに借入れ明細の提出を求めた。被告は、これに対し、一切答えようとせず(そのため、原告代理人としても、和解案の提示のしようがなかった)、二か月もたたない平成八年九月一七日、本件仮差押えを申し立てた。しかも、本案の提起は、その一年半後である。

右の経過から明らかなように、本件仮差押えは、権利保全の趣旨を離れ、給料差押えによる威圧から、被告に無理やり利息制限法の計算を許さない高利の利息を支払わせようとするもので、事実上の強制力をもって、債務者にその支払を迫るものである。貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という)二一条及び通達の趣旨に反し、法が禁止する行為に当たる。

3  損害

原告は、本件不法行為により、他社への返還が不可能になり、勤め先の信用も失い、平成九年五月、勤務先をやめざるを得なくなった。原告は、解決しない借金問題の苦悩や失業による生活及び人生への不安など計り知れない精神的苦痛を受けているし、平成九年六月までの給料約七〇万円の支払が保留される損害を受けた。

右精神的苦痛を慰謝する金額は、二〇〇万円が相当である。

4  よって、原告は、被告に対し、損害賠償金二〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成九年六月二八日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  原告の本訴請求原因に対する被告の答弁

1  請求原因1について

(一)ないし(四)の事実は認める。

(五)は争う。

訴外会社の弁済を充当すると、別紙(二)のとおり、訴外会社の残原本は、四九一万三〇五九円となる。

2  同2は争う。

貸金業規制法二一条の趣旨は、債務者に直接的に働き掛け、威迫・困惑をもたらす言動により、事実上の強制力をもって債務者に支払を迫ることを禁止するものであり、法的に許された債権回収手段をとることまでを禁止するものではない。

債権回収に不安があるとき、その保全を図ることは、債権回収の常道である。これを否定される理由はない。原告の主張によれば、弁護士の受任通知を受ければ、債権者は、ただ弁護士の申し出を待つだけで、何らの債権回収活動もできなくなる。貸金の支払を求める訴訟の提起も許されないことになる。

被告は、受任の通知が到着後二か月が経過しても、事態の進展がないため、本件仮差押えに着手したもので、何らの違法もない。

3  同3は争う。

五  被告の反訴請求原因

1  被告は、昭和六三年一〇月二二日、訴外会社との間で、元本極度額二〇〇万円、債務の一部でも履行を怠った場合には期限の利益を失う、遅延損害金年三七パーセントとの約定で、被告が訴外会社に手形貸付けをする旨の継続的反復的手形貸付取引契約(以下「本件取引契約」という)を締結した。

2  被告と訴外会社とは、平成二年九月四日、元本極度額を一〇〇〇万円として本件取引契約を更新した。

3  原告は、平成六年八月二四日、被告との間で、訴外会社が本件取引契約に基づき現在負担している債務及び平成一一年八月二三日までに負担する債務を極度額四〇〇万円の限度で連帯保証する旨の契約をした。

4  被告は、訴外会社に対し、本件取引契約に基づき、別紙(二)のとおり、利息、調査料等を天引した金員(以下「本件貸金」という)を貸し付けた。

5  本件貸金は、本件取引契約に基づき、別紙(二)のとおり、個別の手形貸付けをして、その弁済を受けたものである。

すなわち、被告は、受け取っている手形の満期が近づくと、訴外会社が継続して融資を希望するかどうかを確認する。融資の希望があれば、信用を調査し、融資実行の可否を判断する。融資が可能であれば、融資の実行日を振出日、融資金額を手形金額とする手形の送付を受け、利息等を天引した金額を顧客の口座に送金ないし交付して新たな融資を実行する。その際、貸付明細書も交付する。従前の手形は、取立てに回して決済する。新たに融資する金額は、満期を向かえる手形の額面とは必ずしも同額でない。増額されることも、減額されることもある。期間や利息もそのたびに決定される。交付された貸付金は、被告の手を離れてしまうので、満期を向かえる手形の決済資金として使用されるか、運転資金として使用されるかは、被告は関知しない。

本件貸金の各手形貸付けは、それぞれ独立の金銭消費貸借契約を原因として別個に成立している。本件貸金は、新たな手形貸付けを繰り返しているから、弁済されるたびに計算される過払金を未払債務に充当していくべきである。

6  訴外会社は、平成八年七月一一日、被告に対して振り出した手形を不渡りにして期限の利益を失った。

7  別紙(二)の貸金及び弁済を利息制限法の範囲内で元本に充当すると、残元本は、四九一万三〇五九円となる。

8  よって、被告は、原告に対し、連帯保証契約の履行として、その限度額である四〇〇万円の支払を求める。

六  被告の反訴請求原因に対する原告の答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は不知。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実は不知。

5  同5は争う。

本件取引契約は、包括的な金融取引契約である。被告は、個別の手形貸付けである、と主張しているが、実質は、限度額の範囲内で資金需要者の要請あるいは金融業者のセールスにより、頻繁に出し入れを繰り返し、高い利息を安定して得ている。具体的な手形をみても、ほとんど満期と振出日とが連続している。実質において、支払期限を猶予する手形書替えと違わない。個別独立の取引なら包括的な金融取引契約を締結する意味がない。包括的な継続的契約を締結しながら、個別の手形貸付契約の別個独立性を強調するのは、論理的矛盾である。

したがって、各弁済ごとの過払金をその直後の貸付金に充当していくべきである。

6  同6の事実は不知。

7  同7は争う。

本件取引契約という一つの契約に基づく弁済として、各弁済による過払金は、その直後の貸付元本額に充当されるべきである。それによれば、別紙(一)のとおり、一七一万一五二四円の過払がある。

少なくとも、満期と振出日が連続している手形は、いわゆるジャンプに過ぎないから、これを通して計算すると、別紙(三)のとおり、六九万二二六二円の過払になる。

七  証拠

本件記録中の証拠目録記載のとおりである。

理由

一  事実関係

当事者間に争いがない事実に、本件証拠(甲一ないし一二、一六ないし一九、乙一の1ないし103、五ないし九、一〇の1、2、一一ないし一三、一四の1ないし85、証人和田幸宏、証人和田秀夫、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

1  被告会社は、昭和六三年一〇月二二日、訴外会社との間で、元本極度額二〇〇万円、債務の一部でも履行を怠った場合には期限の利益を失う、遅延損害金年五〇パーセントとの約定で、被告が訴外会社に手形貸付けをする旨の本件取引契約を締結した。平成二年九月四日、元本極度額を一〇〇〇万円、遅延損害金年三七パーセントとして本件取引契約を更新した。

2  原告は、事務機器の販売会社に勤務し、訴外会社との取引を担当していた。訴外会社の代表者から、被告会社との本件取引契約について、連帯保証することを委託された。

原告は、これを承諾し、平成六年八月二四日、被告会社との間で、訴外会社が本件取引契約に基づき現在負担している債務及び平成一一年八月二三日までに負担する債務を極度額四〇〇万円の限度で連帯保証する旨の契約をした。

原告は、訴外会社の委託により被告会社以外にも、商工ファンド及び新洋信販に対し、訴外会社の債務について連帯保証した。

3  訴外会社は、被告会社から、本件取引契約に基づき、別紙(二)のとおり、金員を借り入れた。

4  被告会社は、一般に、貸付けに当たり、債務者から約束手形を受け取っている。手形の満期が近づくと、返済できるか、継続して融資を希望するかを確認し、融資の希望があれば、一応信用を審査し、融資実行の可否を判断している。融資が可能であれば、融資の実行日を振出日、融資金額を手形金額とする手形の送付を受け、利息等を天引した金額を債務者の口座に送金ないし債務者に交付する。そして、従前の手形は、取立てに回して決済することにしている。

その際には、貸付明細書を交付する。新たに融資する金額は、必ずしも、満期を向かえる手形の額面とは同額でない。交付された貸付金が満期を向かえる手形の決済資金として使用されない場合もあり得る。

しかし、新たな融資が従前の手形の決済資金に当てられる場合は、実質的・経済的には、従前の手形の書替え(手形金額の融資を受ける債務者にとっては、新たな経済的利益を受けることはなく、形式的に従前の手形が決済されるだけである)と変わらない。

5  本件においても、被告会社の訴外会社に対する貸付けは、別紙(三)のとおり、従前の手形の満期と新たな融資実行日が同じ貸付けは、実質的・経済的には貸付金元本の一部返済ないし貸増しを含む手形の書替え(原因関係としてはいわゆる借換えに該当する、と解される)である。

6  訴外会社は、平成八年七月一一日、被告に対して振り出した手形を不渡りにした。訴外会社は、平成八年八月三〇日、破産宣告を受けた。

7  原告と被告会社との交渉の経過は、次のとおりであった。

(一)  原告は、平成八年六月ころ、被告会社から、訴外会社と連絡が取れない旨の通知を受けた。その後、被告会社は、原告に対し、保証債務として四〇〇万円の支払を求め、取り敢えず二〇〇万円を持参するように要求した。被告会社は、二、三日おきに、電話で、原告に対し、連帯保証債務の履行を求めた。

(二)  原告は、平成八年七月下旬ころ、市川守弘弁護士に対し、被告会社の債務を含む連帯保証債務の整理を委任した。原告は、被告会社に対し、市川弁護士に債務整理を依頼した旨伝えた。

(三)  市川弁護士は、平成八年七月二五日付け書面をもって、被告会社に対し、原告の債務整理を受任した旨通知するとともに、同封の債権残高届出書に所定事項を記入のうえ返済することを求めた。しかし、被告会社からは、訴外会社に対する債権残額の届け出がなかった。

(四)  市川弁護士は、平成八年八月一九日付け書面をもって、再度、被告会社に対し、利息制限法を超える利息について発生する不当利得返還請求権と相殺することができるので、被告会社と訴外会社との最初からの貸付け・返済の取引明細を送付してほしい、送付されれば和解案を提示する旨連絡した。しかし、被告会社は、訴外会社との貸付け・返済の取引明細を明らかにしなかった。

(五)  訴外会社の担当者は、代わる代わる市川弁護士事務所に電話し、原告の連帯保証債務の履行を催告した。市川弁護士事務所の担当者は、債務額や弁済額の資料の提出を求めた。訴外会社の担当者らは、なぜ債権届をする必要かあるか、なぜ保証人が利息制限法を主張できるのか、といった質問を繰り返すのみであった。

(六)  被告会社は、平成八年九月一七日、原告の給料債権の仮差押え(本件仮差押え)を申し立てた。平成八年九月一九日、本件仮差押えの決定を得た(なお、証人和田幸宏は、市川弁護士の受任通知前に仮差押え申立ての社内的な手続をとった旨供述しているが、その申立日に照らし、右供述は、とうてい信用できない)。

(七)  原告は、本件仮差押えのため、月額二四万円程度の手取り給料額が月額一八万円程度になった。原告家族の生活費を切り詰めた。予定した際無整理が進まなかった。平成九年六月一〇日には、勤め先を退職せざるを得なかった。

以上の事実が認められる。

二  本訴について

1  本件貸金の過払について

(一)  前項認定の事実によれば、被告は、本件取引契約に基づき、訴外会社に対し、別紙(二)のとおり、貸付けをしているが、満期と振出日が連続している手形貸付けは、実質的ないわゆる手形書替え(原因関係はいわゆる借換え)である、と認められるから、利息制限法が法定制限利率の超過部分を無効とし、制限超過部分の元本充当を認めている趣旨に照らし(実質的な経済的利益を得ることがないのに、元本充当が認められないのは、利息制限法の趣旨に反する)、原告主張のとおり、制限超過部分は、その直後の貸金に充当される、と認めるべきである。

被告が送金した金員が手形決済資金として使用されなかった場合には、手形書替えが成立した、と認めることはできないが、手形決済資金として利用された場合には、手形書替え(借換え)と認めるのが相当である。また、新たな融資金額が手形の額面と一致しないことや、期間や利息が異なることは、手形書替え(借換え)との認定を妨げる事情にはならない。

(二)  利息制限法の制限超過部分をその直後の貸金に充当する計算方法について、被告は特段の反論をしないから、原告主張の別紙(三)のとおり計算・充当される、と認める。

したがって、本件貸金は、六九万四八三四円の過払になっている、と認められる。

(三) 被告は、本件貸金が過払になっているにもかかわらず、本件仮差押えをしているから、本件仮差押えは、違法であり、貸金業者である被告には、被告の主張にそった下級審裁判例があったとしても、過失がある、と認めるのが相当である。

2 通達等違反について

貸金業法及びこれに基づく通達「貸金業者の業務運営に関する基本事項」(貸金業者は、債務処理に関する権限を弁護士に依頼した旨の通知、又は、調停その他の裁判手続をとったことの通知を受けた後に、正当な理由なくして支払請求することをしてはならないことや、債務者、保証人その他の債務の弁済を行おうとする者から、帳簿の記載事項のうち、当該弁済に係る債務内容について開示を求められたときは、協力しなければならないこと等を定めている)によれば、貸金業者は、保証人より債務処理の委任を受けた弁護士から、主たる債務者の債務内容について開示を求められたときは、その内容を開示する義務がある、と解すべきである。

前記一で認定した事実関係によれば、被告は、原告の委任を受けた市川弁護士から、訴外会社の債務内容の開示を求められながら、これを開示せず(開示しなかったことに正当の理由は何ら見当たらない)、本件仮差押えをしているから、正当の理由なくして、支払請求したものであり、本件仮差押えをしたことは、この点においても、違法であり、被告には過失があった、と認められる(前記通達は、弁護士に依頼したことを通知された後に法的に許容された債権回収手続きをとることが一切許されない趣旨と解することはできないが、債務の内容の開示を求められながらこれに答えないで債権回収手続をとることは、特段の事由のない限り、許されない、と解すべきである)。

3  損害について

前記説示のとおり、本件貸金は消滅し、債務内容の開示を求められながら正当な理由もなくこれを開示することなく本件仮差押えをしたことは、不法行為に該当するから、前記認定・説示の事情を考慮して、原告が右不法行為により被った精神的苦痛を慰藉する金額は、五〇万円が相当と認める。

4  したがって、原告の本訴請求は、慰藉料五〇万円及びこれに対する不法行為の日以後で訴状送達の日の翌日である平成九年六月二八日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で理由がある。

三  反訴について

被告の反訴請求の理由がないことは、前記二、1で説示したところから明らかである。

四  結論

よって、主文のとおり、判決する(弁論終結の日・平成一〇年一一月六日)。

(裁判官小林正明)

別紙〈省略〉

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